大手前大学

史学対談

先人が学んだ知恵を、未来の人生に活かすために。

数々の文化財に触れ“歴史を体験できる”兵庫県立考古博物館。

石野 博信 (いしのひろのぶ)
兵庫県立考古博物館館長
専門は日本考古学。兵庫県教育委員会で地域の文化財調査等に携わると共に、研究者として日本及びアジア各地の歴史・文化財研究に取り組む。奈良県立橿原考古学研究所副所長などを歴任し、2007年より現職。著書に「楽しい考古学:遺跡の中で見る夢」(大和書房)、「古墳時代を考える」(雄山閣)など。
櫃本 誠一 (ひつもとせいいち)
大手前大学総合文化学部教授
史学研究所所長
専門は日本考古学。兵庫県教育委員会で地域の文化財調査等に携わり、兵庫県立歴史博物館館長補佐等を経て現職。著書に「前方後円墳・墳丘構造の研究」「兵庫県の出土古鏡」(ともに学生社)など。
櫃本
本日は、この十月に開館したばかりの兵庫県立考古博物館で対談の機会を頂き、ありがとうございます。石野さんとは、一時期共に兵庫県教育委員会の一員として文化財調査に携わった間柄ですが、開館にあたり館長に就かれました。この博物館では非常に独創的な展示方法を採用され、来館者も多いとうかがっています。
石野
兵庫県立考古博物館
2007年10月、兵庫県加古郡播磨町に開館。「触れる・体感する」を合言葉とする参加体験型博物館として好評を博している。

本日はご来館頂き、ありがとうございます。おかげさまで開館以来予想を上回る来館者をお迎えしています。
従来の考古関係の博物館は、遺跡からの発掘物などを物々しく展示するのが通例でした。しかし当館は発想を変えて、文化財に触れて親しめる「体験型の博物館」をめざしています。ですから、ガラスケースなどに納めず手で触れる展示が中心ですし、館内の各コーナーに「発掘体験」スペースも設けています。来館者には、小さなお子さんを連れたご家族も多いですね。子どもたちは、はしゃぎながら土器などを触っていますし、私も常々「勉強ではなく、歴史の中で遊んでください」と申し上げています。

櫃本
私も、既存の博物館とは違うオープンな展示に驚きました。まさに歴史を体験できますね。なかでも感動したのは、篠山市雲部車塚古墳の実物大の復元です。非常に迫力があり、まさに過去が再現されているかのようです。これは、史学の専門家の方にとっても貴重な展示ではないでしょうか。
石野

実は館長である私自身も驚いているほどです。車塚は宮内庁管理で中に入れませんから、実物大の復元は意義深いと考えています。子どもさん、専門家の方、それぞれに魅力があるとの評価を頂けるのは、非常にうれしいですね。
櫃本先生はいま大手前大学総合文化学部教授及び史学研究所の所長として、教育研究活動をご指導されておられます。具体的な史学研究の取り組みはどのように進めておられるのですか。

数々の史学研究実績を元に、地元関連機関との連携を深める大手前大学。

櫃本
大手前大学 史学研究所オープンリサーチセンター
2003年、大手前大学さくら夙川キャンパスに設立。最新鋭の調査・研究機材を備え、地域の史学研究の交流拠点ともなっている。

大手前大学は、史学研究所を中心に関西圏の史跡・文化財の発掘研究に実績を重ねており、これまで大坂城三の丸跡、滋賀県近江町定納古墳、兵庫県揖保郡新宮町赤松守護屋形など多くの調査・研究を手掛けてきました。二〇〇三年には、学内に史学研究の拠点、オープンリサーチセンターを設け、三次元計測器など最新の調査機器をそろえています。私立大学で史学の独立した研究機関を持つところはほとんどありませんから、大学のみならず地域の史学研究の交流と発信の場として運営しています。

石野
兵庫県は列島の中心に近く、日本海・太平洋ともに面しています。したがって古来から東西南北の交流がさかんでしたから、多くの史跡・歴史的文化財を有しています。ところが県下の大学には、史学専門のカリキュラムをもつ大学は多くありません。大手前大学さんは、史学の専門的な教育研究の陣容を整えている、県下で唯一の大学といえるでしょうね。
櫃本
ご期待はひしひしと感じています。特にこれからの史学研究は、大学や研究機関だけではなく、地域の関係機関との連携のもとで行うべきだと考えています。そこで大手前大学では、行政として史学研究・文化財調査に取り組んでおられる各市町村の教育委員会と提携し、〇二年には兵庫県教育委員会とも「兵庫県所在文化財の研究と公開に関する交流協定」を結びました。先にご紹介した赤松守護屋形は共同調査ですし、兵庫県の二万数千件に及ぶ文化財情報を本学でデジタルアーカイブ化し、インターネットで公開しました。
石野
デジタル化などは行政はいささか苦手ですからね。このアーカイブは、兵庫県民、さらには全国の方への文化財情報の提供として有益だと思います。加古川流域の総合調査も共同での作業ですね。
櫃本
かなりの広域で時間も要しますから、やはり協力関係が不可欠です。規模が大きいだけに、地域の歴史・文化を再発見する上で、意義深い調査になるでしょう。もちろん考古博物館さんとも、今後人材交流などを含め、交流関係を深めていきたいと考えています。
石野
私も行政の一員として調査研究に取り組んできましたが、大手前大学さんとの連携は非常に有意義だと思います。その理由は、史学の実績はもちろん、美術などさまざまな分野の専門家がおられることです。総合的な発掘調査では、美術なども含めた幅広い「文化」としての研究が重要ですが、そうした専門家は行政にはあまりいません。多角的、総合的な研究において、大学と力を合わせる意義は大きいと考えています。
近年、史跡の見学会などを開催しますと、数千人もの方が来られることがあります。こうした方々の期待に応えつつ、史学に関心を持つ人、学ぶ人をもっと増やしていきたいですね。

気軽に親しめて奥が深い。史学の知識は“人生の財産”になる。

櫃本
本学は史学専門のカリキュラムを整え、人材育成にも努力しています。学生への講義は、考古学、史学を中心に西洋史、東洋史、社会史、文化史、地理などを広くカバーし、考古学では一年生から発掘調査に参加する学生もいます。史学、考古学の研究というと、やや小難しい印象があるかもしれませんが、決してそうではありませんよね。
石野
史学の魅力は、老若男女、誰でも気軽にはじめられることです。山道などを散策して、ちょっと変わった石のかけらを拾ってみる―それですでに史学の世界に入っているんですよ。私は、宮城県で生まれ育ち、小学生のころ拾った土器のかけらを学校の先生に見せて「かなり古いものだ」といわれ興味をひかれました。そうした素朴な興味、関心は今も変わりません。
もちろん調べるほど、学ぶほどに奥深いのも史学の特長です。つまり、気軽にはじめられて、かつ奥が深い、それが史学の魅力だと思います。
櫃本

私も幼いころ、同じような経験があります。私は瀬戸内海に浮かぶ香川県櫃石島で幼少期を過ごしたのですが、古来より製塩が盛んで製塩に用いた土器のかけらが海岸によく落ちていました。子どもですから歴史的な価値はわかりませんが、「こんな紋様―実は土器を作るときに器壁を叩き締めた痕―のかけらを見つけた」と、よく友人同士で自慢しましたよ。それが私の原点ですが、本格的に学ぶとやはり奥深いことを痛感しました。

石野

史学の意義は、歴史の中に未来を生きる手がかりを得ることだと思います。当館のシンボルは「子どもの二つの手」です。下向きの手は「過去を探る手」、上向きの手は「未来をつかむ手」を表しています。これは、当館のシンボルであるとともに、史学を学ぶことの意義も示しています。

櫃本
未来を生きる手がかり―おっしゃる通りですね。私はいつも学生に「君たちがすべて研究者になるわけではない。しかし、歴史的にものを見る眼は、どんな進路に進もうとも有意義だ」と語りかけています。喜劇のように見ているだけで面白くはなく、やはり勉強しないといけませんが、大学で身につけた史学の知識は、人生のあらゆる場面で役立つ、いわば"一生の財産"になると思います。
これからも考古博物館さんをはじめ、多くの関係機関と協力しながら、大手前大学における史学教育、研究をさらに充実させていきます。本日はありがとうございました。

(2007年11月21日 兵庫県立考古博物館にて)

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