
研究活動
クローズアップ
糖尿病患者さんのウェルビーングをめざして

健康栄養学部
小松 祥子 准教授
研究テーマ:カーボカウント法 食物アレルギー
カーボカウント法を取り入れることで変わる日常
カーボカウント法は米国の管理栄養士が考案した糖尿病とともに生きる方々のための食事療法の一つで、Carbohydrate Countingを略したものです。この方法は、食事をした後の血糖値(血中のグルコース濃度)の上昇にもっと速く、そして大きく影響をおよぼすCarbohydrate、つまり炭水化物(厳密には炭水化物の中の糖質)の摂取量に着目するものです。一般的な食事の中で糖質を多く含み、また1回の食事で摂取する量が多い食品は主食のごはんやパン、麺類です。これらに含まれる糖質の仲間であるでんぷんは消化管を進む過程で分解され、最終的にもっとも小さい単位であるグルコースとして小腸から血管に吸収されます。
糖尿病には1型や2型などいくつかの病型がありますが、カーボカウント法は食事療法を行う糖尿病とともに生きるすべての人に活用してもらうことができます。その中で、インスリン製剤の投与が生命維持に不可欠である1型糖尿病とともに生きる人々にとって、カーボカウント法はインスリン療法と相性がよく、また大変重要です。1型糖尿病は、血糖値を下げる唯一のホルモンであるインスリンを産生する膵臓ランゲルハンス島のβ細胞が破壊され、インスリン分泌が著しく低下する疾患で、1型糖尿病をもつ人は、食事を含む血糖値が上がるすべての要因に対してインスリン製剤の投与が必要です。2型糖尿病は、インスリン分泌が低下しやすいタイプとインスリンの効果が発揮されにくいタイプのどちらか、または両方の遺伝的背景に食事や身体活動、ストレスなどの生活習慣が影響して発症します。
カーボカウント法は「基礎カーボカウント法」と「応用カーボカウント法」に分けることができます。前者は、食後の血糖値の急激な上昇を回避する観点から、1日に摂取する糖質量を決め、これを3食にほぼ均等に分けて摂取するためのものです。一方、後者はインスリン製剤を使用する人に活用され、食事ごとに糖質摂取量が異なる場面で糖質摂取量を都度見積もり、これに対応するインスリン製剤の量を決めるための方法です。どちらの方法でも、個々の食品や似た食品のグループが糖質を多く含むものであるかどうか、また食事ごとにどのくらい食べるのかを知ることが重要になります。
自由度を高めることで食生活の楽しみを増やしたい
「基礎カーボカウント法」は、食後の血糖上昇に大きな影響を与える糖質摂取量をほぼ均等に3食に配分することで血糖値を適切な範囲に管理するのに役立ちます。このことは、インスリン製剤を投与するか否かに拘わらず、3食の内容を栄養バランスが整ったものにすることに繋がります。

一方、「応用カーボカウント法」は、食品・料理ごとの糖質摂取量に対応するインスリン製剤量を補給することで血糖値を適正範囲に保つことに寄与し、かつ、糖尿病でない人と同じように食生活の自由度を高めて多様性を享受することができる方法です。毎日の食事はもちろんのこと、例えば、ビュッフェスタイルの食事やケーキバイキング、結婚披露宴などのハレの食事の時にも活用することができます。カーボカウント法が導入される前は、インスリン療法を行っている糖尿病をもつ方々は食品や料理がもつエネルギー量(日本ではキロカロリーを採用)を頼りにして、自身のこれまでの食生活の経験をもとにインスリン製剤の量を決めていました。エネルギーを産生する栄養素は、炭水化物、たんぱく質、脂質です。この中で直接血糖になるのは炭水化物中の糖質であるため、同じエネルギーの食品・料理でも糖質が多いものと少ないものでは血糖値の上がり方が異なります。エネルギー量のみを基にした場合には食べたことがない食品・料理はこの情報が不足するため、インスリン療法を行っている糖尿病をもつ方々は様々な食品・料理を食べて範囲を広げていくことが難しく、毎日の食事の献立が同じようなものになりがちである状況でした。
「基礎カーボカウント法」でも「応用カーボカウント法」でも、基本的に食べてはいけない食品・料理はなく、これらの摂取量に留意することで血糖値の急上昇(血糖スパイク)や低血糖の頻度を極力少なくし、またエネルギーおよび栄養素摂取の著しい過不足にならないようにすることがポイントです。糖尿病の合併症が起こっていない糖尿病をもつ人は、日常的に多量にならなければ飲酒や間食も可能なのです。糖尿病専門雑誌のお薦めコンビニ商品を紹介するポスター制作企画に参加した際には、食事用の商品に加えて間食にできる商品もいくつか掲載し反響を得ました。
病気とともに、よりよく生きる
長年、学生とともに1型糖尿病をもつ小学生を中心とした子どもたちのための教育キャンプにスタッフとして参加し、キャンプ中の食事を通して子どもたちがカーボカウント法に慣れるようにサポートする中で、習得を難しくしている課題はあるだろうか、もし課題があるならば改善策はあるだろうかということに着目し一連の研究を進めました。
「応用カーボカウント法」を用いて食事ごとにインスリン量を決めるためには、小学校で習得する四則演算と個人ごとに主治医と相談して決定する糖質インスリン比とインスリン効果値の使い方の理解が必要です。糖質インスリン比は、これから摂取する糖質量に対して数時間後に、食前のレベルまで血糖値を下げることができるインスリン量(食事用のインスリン量)を示します。インスリン効果値はインスリン製剤1単位(0.01ml)で下げることができる血糖値を示し、食事のタイミングでは食事用のインスリン量を加減(食前に高血糖であれば増量、低血糖であれば減量)して一括して補給するために用います。教育キャンプ中に行った「応用カーボカウント法」習得上の課題を探索する調査では、上述のプロセスにおける計算に特に難しさを感じていることが明らかになりました。
さらに、日本における1型糖尿病の発症は10歳前後が多く、発症直後からインスリン療法やカーボカウント法を習得して、血糖を自己管理できるように主治医を中心に医療スタッフがサポートします。しかし、カーボカウント法が日本で広まっていく中で、糖尿病とともに生きる人たちがカーボカウント法の習得のために参考にできる書籍は、大人が読んで理解できるレベルのものであり、子どもたちが親しみながら理解し習得できる書籍は商業出版としては難しい状況でした。
このようなことから、1型糖尿病をもつ小児を対象に、小学校で行われる食育の内容も盛り込みながら、特に課題として明らかになった「応用カーボカウント法」の計算プロセスを楽しく学ぶことができるような、ワーク形式の冊子を制作しました。私が顧問栄養士を務める1型糖尿病患者会を支える各医療機関において1型糖尿病を発症した小児に手渡してもらうとともに、大阪府下のすべての小学校の養護教諭宛てに配布。これを機に、ある市の小学校栄養教諭から、市内の小学校栄養教諭が集まって1型糖尿病の食事療法について勉強会を開催し、冊子を参考にしていると連絡をもらい、冊子制作を通して関係者の役にも立っていると感じることができました。

執筆者
小松 祥子(コマツ ショウコ) KOMATSU Shoko
健康栄養学部
准教授
研究分野
家政・生活 医学・歯科医学・薬学 看護・保健・衛生
研究テーマ
カーボカウント法 食物アレルギー