研究活動
クローズアップ
患者と家族がより幸せに生きていくために看護ができること
国際看護学部
髙谷 知史 准教授
研究テーマ:家族コンコーダンス 自閉スペクトラム症 レスパイトケア 看護教育DX システマティックレビュー
看護師は患者さんと家族のQOLを上げるサポートができる仕事
私の研究テーマである「家族コンコーダンス」は、患者さんを含めた家族全体がさまざまな保健・医療・福祉専門職者の人々と対等な立場のもとお互いを尊重し合って協調(コンコーダンス)し、納得しながら療養や生活を選択していくプロセスに着目したものです。このテーマの原点には、小児科の看護師として臨床現場で出会った子どもたちと家族との経験があります。私は、看護師は病気を治すことだけでなく、患者さんと家族のQOL(Quality of Life;生活の質)を高める支援ができる専門職であり、そのことに大きなやりがいがある仕事だと考えています。
学生時代に小児病棟の実習で出会った小児がんのターミナル期(死が迫っている段階)にある「Aちゃん」との出会いからは、「関心を寄せること」そのものが、患者さんや家族にとって大きな意味をもつことを学びました。病状や治療だけでなく、その家族がどのような思いで日々を過ごしているのかに目を向けることで、家族自身が「家族としてどうありたいか」を考えるきっかけが生まれます。この経験は、子どもだけでなく家族全体を看ることの重要性を、私に強く印象づけました。
また、看護師として働いてから小児病棟で出会った、生まれつき心臓に重い病気をもっていた「Bちゃん」は、看護師による退院指導をきっかけに生活への向き合い方が大きく変わった子どもでした。病気とともに生活していく中で、本人と家族が「できないこと」ではなく「できること」に目を向けられるようになり、その変化がQOLの向上につながっていく過程を、私は看護師として間近で見てきました。この経験は、「看護」が患者さんと家族の意識を変え、生活そのものを前向きに変える力をもつことを教えてくれました。
こうした看護学生から看護師になってからの臨床での子どもと家族への看護経験から、「子どもと家族がお互いの思いを共有し、さまざまな専門職者の人々と対等な立場で話し合い、納得した療養生活を送ることのできる状態=家族コンコーダンス」をいかに支援できるかを、研究として明らかにしたいと考えるようになりました。現在は、慢性疾患をもつ子どもと家族を対象に、家族内の関係や家族間の認識のずれ、家族とさまざまな専門職の人々との関係が、家族のQOLに与える影響を明らかにする研究に取り組んでいます。小児看護の実践から生まれたこの研究を通して、看護師が子どもと家族の人生に寄り添い、よりよい未来を共に築く力を持つ専門職であることを、社会に発信していきたいと考えています。
患者家族を知ろうとすることは家族の多様性を尊重する第一歩
看護師としての臨床経験や研究を通して明らかになってきたのは、子どもを支える家族自身もまた、深い苦悩を抱えながら日々を生きている存在だということです。小児医療の現場では、家族はしばしば「支える側」「協力する存在」として見られがちですが、実際には不安や迷い、葛藤を抱えた「ケアを必要とする当事者」でもあります。家族看護の本領は、まさにその点に目を向けることにあると考えています。
研究を進める中で、私は「家族指導」と「家族看護」は似て非なるものであると強く感じるようになりました。家族指導は、医療者の価値観や正解を伝える一方向的な関わりになりがちです。それでは、両者の調和・協調(家族コンコーダンス)は生まれません。一方で家族看護は、「どうあるべきか」を押しつけるのではなく、家族一人ひとりの思い、価値観や背景を理解し、その人なりの答えに寄り添う姿勢が求められます。そこでは、知識や技術の提供以上に、心のケアが優先されるべきだと、研究からも示唆されています。
私の行ったインタビュー調査では、多くの家族が「自分たちの気持ちは後回しにされている」「弱音を吐いてはいけない存在だと思っていた」と語っていました。しかし、看護師が家族に関心を向け、話を聴き(×聞き)、「あなたも大切な存在です」と態度で示すことで、家族の心情は大きく変化します。理解されていると感じた家族は、少しずつ本音を語れるようになり、そこから医療者との信頼関係が育まれ、そして援助関係ができていくのです。
また、家族の価値観や考え方は実に多様であり、どれが正しいという答えは存在しません。研究を通して、看護師自身が「自分の常識」や「よかれと思う支援」を問い直すことの重要性も見えてきました。「自分の思う家族とは何か?家族に求めているもの/求められているものは何か?」といった自分自身の「家族観」をまずは知ることが大切になってきます。価値観を押しつけないことは簡単ではありませんが、その姿勢こそが、家族の多様性を尊重する第一歩になります。
家族を「支援すべき存在」ではなく、「悩みながら生きるひとりの人」として看ること。その視点をもつことで、看護はより深く、温かいものになると私は考えています。研究を通して得られたこれらの気づきを、今後は教育や臨床へと還元し、家族とともに歩む看護のあり方を広げていきたいと思っています。
身近な多様性「感覚多様性」が可能にする看護の未来
私の新たな研究テーマである「感覚多様性」は、「家族コンコーダンス」の研究を進める中で自然にたどり着いた問いから生まれました。その原点には、学生時代に出会った「Aちゃん」の存在があります。Aちゃんとの関わりを通して、子どもを取り巻く家族のあり方を考えるようになり、私は「家族機能(家族がお互いに助け合い、社会に適応するために果たす役割)をどうすれば高められるのか」「子どもたちがより幸せに生きていくために、看護は何ができるのか」という問いを、臨床現場でつねに抱き続けてきました。そしてその問いを、自分の研究テーマとして追究していきたいと考えるようになりました。
感覚多様性とは、同じ環境にいても、人によって見え方、聞こえ方、感じ方が異なるという、人間にとって身近な多様性の一つです。弱視や難聴、感覚過敏など、目に見えにくい違いは、しばしば理解されにくく、本人や家族の生きづらさにつながります。そこで現在は、弱視や難聴の人の世界をVR(virtual reality;仮想現実)で再現し、疑似体験する研究に取り組んでいます。実際に体験することで、「見えているつもり」「聞こえているはず」という医療者側の思い込みに気づくことができ、対象理解がより深まる可能性があります。そこから、看護師として必要な多様性を尊重したコミュニケーション技術や態度等を身につけることを期待しています。
また、デジタルホスピタルの概念を活用し、AI(artificial intelligence;人工知能)を実装したバーチャル模擬患者に対して看護学生が問診を行う、教育用システムの開発にも取り組んでいます。このシステムは、学生が安全な仮想環境の中で問診を繰り返し体験し、観察力やコミュニケーション力を高めていくことを目的としています。バーチャル模擬患者は、ジェンダー、国籍、文化、言語、疾患、家族背景など、さまざまな多様性をもつ対象者を想定して設計されています。学生は、教科書だけでは学びにくい「多様な価値観や背景をもつ人との関わり」を疑似体験することで、対象理解を深めることができます。これは、臨床現場に出る前に、多様性を前提とした看護実践を学ぶための、新たな学習基盤となる可能性をもっており、家族コンコーダンスを支える新たなアプローチとしても期待されています。
AIやVRを用いることで、看護学生や医療職者は、臨床現場に出る前に、さまざまな感覚世界や希少なケースを疑似体験することが可能になります。場所を選ばず、没入感やリアリティを追求した学びが実現し、これまで経験できなかった「レアな世界」にも触れられるようになります。感覚多様性を理解することは、特別な誰かのためだけではなく、すべての人にとって暮らしやすい社会を考えることにつながります。子どもたちがより幸せに生きていける社会をめざして、感覚多様性の研究は、看護の対象理解を一歩先へ進め、家族とともに歩む看護の未来を切り拓く可能性を秘めていると、私は考えています。
執筆者
髙谷 知史(たかたに さとし) TAKATANI Satoshi
国際看護学部
准教授
研究分野
看護・保健・衛生
研究テーマ
家族コンコーダンス 自閉スペクトラム症 レスパイトケア 看護教育DX システマティックレビュー