MV

研究活動
クローズアップ

「人のこころはわからない。」わたしが研究を続ける理由

現代社会学部

服部 陽介 教授

研究テーマ:自己制御 感情 思考抑制 反すう

落ち込んでいる人がうまく気晴らしができないのはなぜ?

自分の思考を思いのままにコントロールすることは、自分が思うよりも難しいものです。特に、気分が落ち込んでいるときは、ネガティブな思考にとらわれてしまい、そこから抜け出せなくなることもしばしばです。私は、高校生の時に抱いた「落ち込んでいる人はなぜネガティブな思考にとらわれてしまうのだろう?」という疑問がきっかけになって心理学に興味を持ち、カウンセラーをめざして大学に進学しました。しかし、大学で心理学について学んでいく中で、自分で研究をすることの難しさと面白さに惹かれ、大いに迷った末に、臨床実践ではなく、基礎研究に力を入れている大学院に進みました。特に、最初に注目した「ネガティブな思考にとらわれる」という現象は、落ち込みの深刻化に深く関わっていると信じていて、大学生の頃に初めて自分で計画した研究から現在に至るまで、この現象に関わる研究を続けています。

これまで行ってきた研究から、落ち込みとネガティブな思考にとらわれることがどのように関連するのかが、少しずつわかってきました。ここでは、その一部を紹介します。特定の対象についての思考を意識から追い出そうとする過程や努力のことを、思考抑制といいます。通常、思考抑制は、別のものに注意を向ける気晴らしを利用することで適切に行われるのですが、落ち込んでいる人は気晴らしを行っても、追い出そうとしている思考について、繰り返し考えてしまうことがわかりました。では、なぜ、落ち込んでいる人は、うまく気晴らしを行うことができないのでしょうか。私は、気晴らしを行っている際の心の状態に注目し、さらに実験を行いました。すると、落ち込んでいる人とそうでない人の間で、気晴らしを行っている際の「考えないようにする」という意識の強さが異なっていることがわかりました。落ち込みの弱い人は、気晴らしをすることで「考えないようにする」という意識が弱まるのですが、落ち込みの強い人は、気晴らし中も「考えない」という意識を持ち続けている、つまり、「考えない」と考え続ける傾向があることが明らかになりました。「考えない」という意識は、強すぎると追い出そうとしている思考を思い出すきっかけとなるため、先の実験で示された、落ち込んでいる人の「考えない」と考え続ける傾向は、ネガティブな思考にとらわれる原因になっていると考えられます。ネガティブな思考にとらわれる状態は反すうと呼ばれることもあり、反すうが、落ち込みや思考抑制とどのように関連するかを検討することが、現在までの私の主な研究テーマになっています。

私たちの日常の中に無数に存在する“研究のタネ”

落ち込みに関する研究を続ける一方で、最近は、身近にある様々な現象についての研究も行っています。例えば、何かに集中しようとしているときでも、我々の意識はしばしば、それ以外のものに向いてしまいます。この現象はマインドワンダリングと呼ばれていて、覚醒している時間の30から50パーセントで経験されるといわれています。マインドワンダリングがなぜ、また、どのようなときに生じるのかを調べるために、これまで、授業を受けている際の学生の状態を調べたり、スマートフォンに通知を送ることで、日常生活で生じるマインドワンダリングについて調べるといった研究を行ってきました。現在は、思考抑制や落ち込みなどの感情がこの現象とどのように関連するのかを調べるための研究を行っています。

また、担当しているゼミの学生たちが興味を持ったテーマから、身近な現象について一緒に研究することも多いです。私は心理学を初めて学ぶ学生を対象とする授業を担当しているのですが、授業で恋愛に関する話を取り上げることがあるためか、人間の魅力や浮気・目移りなどの恋愛に関連するテーマに興味を持つ学生が多くいます。特に、色と魅力の関係に興味を持つ学生は多く、赤色が人物を魅力的にみせる現象(ロマンティック・レッド)の再現を試みたり、この現象が実物や写真の場合だけでなくイラストを使用した場合でも生じるのかを検証したりと、毎年、学生の興味とすり合わせながら一緒に研究をしています。ほかにも、推し活に力を入れている学生のアイディアで推し活が精神的健康や自己肯定感とどのように関連するかを調べたこともありますし、推しの属性(性別、職業、二次元か三次元か、など)が同じ対象を推す人に対する拒否感(いわゆる同担拒否)と仲間意識に関与するかを調べたこともあります。私自身は積極的に推し活をした経験がなく推し活に関する知識もそれほどないので、学生たちの実体験や知識と、関連するであろう学術的研究を持ち寄って、少しずつ共同作業で研究を形にしていきます。

このような経験は、私たちの日常の中に研究のタネは無数に存在していて、私も学生たちも既にそれらを手にしていることに、改めて気づかせてくれます。いろいろなことに興味を持つこと、気になることがあったらそれを大切にしてじっくり考えてみること、そして、こうして捕まえた研究のタネをうまく芽吹かせるために、その土壌となる知識や方法論は多いほうがよいということは、私自身が常に意識しなければいけないことだと思いますし、学生にも伝えたいですね。特に、最後の部分は面倒くさがって嫌がられることも多いのですが、とても大事だと思っています。

人の心についての理解をほんの少しずつ前に進めていく

心理学に限らず、何かを学ぶ際には誰もが通る道かと思いますが、私が心理学を学んで最初に思い知ったのは、「人の心はわからない」ということでした。私は落ち込みについてある程度、研究をした経験がありますが、これまで明らかにできたことは落ち込みのほんの一側面にすぎません。落ち込みには様々なバリエーションがあり、それらは、落ち込んだきっかけとなる出来事がどのようなものであったのか、落ち込んでいる人はどんな人なのか (例:年齢、性別、性格、考え方)、その人を取り巻く環境はどのようなものか(例:家庭環境、友人関係、収入)などの要因によって様々な影響を受けるということにも、心理学を学び、研究をしていくなかで初めて気づきました。自分にもあるがゆえにわかったつもりでいた心について、本当は何も知らなかったことにやっと気付いたわけです。同時に、当たり前のように自分と同じだと思っていた誰かの心も、本当は全く違うかたちをしているのではないかと疑い始めました。それから現在に至るまで、関連がありそうな先行研究を探り、仮説を立てて、実験や調査で得たデータを用いた検証を重ねていくことで、よくわからなかった落ち込みについて少しだけ理解を深める、ということを続けています。目の前にいる人の考えを見抜いたり、他人を意のままに操ったりと、何かと派手な効果を期待されがちな心理学ですが、その実態は、このように、よくわからない人の心についての理解をほんの少しずつ前に進めていく、地道な探究活動だと思います。私はそれが面白いと思いますし、また、その積み重ねによって、社会がよりよい方向に向かうと信じています。地道に積み重ねた落ち込みについての知見は、落ち込みに対する介入方法のブラッシュアップに活かされることもありますし、落ち込みがもたらす心身への影響に対する理解につながることもあります。落ち込みがちな人に対する誤解を解く一助となるかもしれません。落ち込みがもたらす生きづらさが少しでも和らぐよう、これからも研究を続けていきたいと思っています。

服部 陽介

執筆者

服部 陽介(ハットリ ヨウスケ) HATTORI Yousuke

現代社会学部

教授

研究分野

文学・人文・人間・心理

研究テーマ

自己制御 感情 思考抑制 反すう