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研究活動
クローズアップ

海際のまちから未来をつくる -“生きた建築”との出会いから事前復興の実践へ-

建築&芸術学部 大学院比較文化研究科

下田 元毅 准教授

研究テーマ:インテリアデザイン 建築デザイン 空間デザイン

建築家をめざした学生が、ふと訪れた漁村で出会った“生きた建築”

私の出発点は、「建築とは建物単体をつくることだけではなく、暮らしと地域の関係をデザインすることである」という実感にあります。学生時代は建築家をめざして、斬新なデザインや美しいフォルムを追い求めていました。建築雑誌に掲載されるような作品に憧れ、建築を“つくること”そのものに強い関心を持っていました。しかし、ある時、和歌山県の小さな漁村を訪れた際、その価値観が大きく揺さぶられました。斜面に沿って折り重なる家々がつくり出す風景、細く折れ曲がりながら進む路地の先に突然現れる海、生業と住まいが一体となった地域固有の建築のカタチ。そこには著名な建築家が設計した建築ではなく、長い年月をかけて人々の暮らしが積み重なり形成された「建築」が存在していました。図面だけでは捉えきれない、人間の営みが刻み込まれた“生きた建築”との出会いでした。

その瞬間、「建物を設計するための建築家になる」のではなく、「地域そのものを読み解き、未来へつなぐための建築を学びたい」と考えるようになりました。建築を単体の作品として捉えるのではなく、人々の暮らしや風土、歴史や文化との関係性の中で捉える視点で建築をつくる。そんなふうに生きていく覚悟のようなものを持ったように思います。

以来、全国400か所を超える海際のまちを訪ね歩き、建築・都市計画・まちづくりの視点から調査研究を続けてきました。海際のまちは、地形、産業、信仰、共同体の仕組みが重なり合いながら形成される極めて複合的な空間です。民家の向き一つにも生活動線や季節風への応答が刻まれ、路地や石垣の形状には長年にわたり蓄積された生活の知恵が宿っています。そうした空間の背後にある「営みの文脈」を読み解きながら、地域固有の価値を未来へ継承する方法を探っています。
また、海際のまちは、建築デザインを学ぶ上でも極めて示唆に富んだフィールドです。地域の気候や地形、素材、暮らし方に呼応しながら形成されてきた空間には、現代建築にも通じるデザインの原理が息づいています。風土から建築を考える視点や、地域に根差した空間のつくり方を学ぶことができます。さらに近年では、人口減少や高齢化によって生じた空き家を活用したリノベーションやコンバージョンが進み、古民家がカフェやゲストハウスへと再生されるなど、新しい価値創造の舞台にもなっています。海際のまちは、歴史や文化を継承する場所であると同時に、これからの建築やまちづくりの可能性を実験する最前線でもあります。私にとって建築とは、地域に埋もれた価値を発見し、その魅力を未来へ翻訳する存在です。

海際のまちでの挑戦 -未来に責任を持つための事前復興-

2011年3月11日に発生した東日本大震災は、私の建築や地域の関係を捉える視点を大きく変えた出来事でした。それまで、海際のまちの美しさや独特の空間構造に魅了され、その価値を記述し、読み解くことに力を注いでいました。しかし、津波によって町が一瞬で消え、人々の暮らしや生業の基盤が失われる現実を目の当たりにしたとき、「地域の価値を語るだけでは守れない」と痛感しました。海際のまちをリサーチするのであれば、その未来にも責任を持たなければならない。そう考えるようになり、“事前に復興を考える”実践へと舵を切りました。
私が考える事前復興とは、災害が起こった後の復興計画をつくることではありません。災害が起こる前から地域の魅力や課題を見つめ直し、「この地域で何を守りたいのか」「どのような暮らしを未来へ引き継ぎたいのか」を地域の人々と共有しながら準備を進めていくことです。言い換えれば、復興のための計画ではなく、“復興できる地域を育てるための営み”だと考えています。

近年は、南海トラフ地震を見据えた「事前復興まちづくり」のリサーチと実践に取り組んでいます。これは災害後の復興を待つのではなく、被災前から地域の空間資源や人々の関係性を見直し、将来に備える試みです。その実践の一つが、三重県尾鷲市九鬼町で続けている活動です。
九鬼町は人口約400人の小さな海際のまちですが、津波浸水想定区域と斜面集落が複雑に重なり合う、南海トラフ地震による被害が懸念される地域です。私たちは住民の皆さんとともに、空き家活用や避難場所の検討、水の確保などをテーマに、事前復興計画づくりを進めてきました。その中で生まれたのが、「ボッチde流しそうめん」という活動です。
ボッチとは、かつて生活用水をためていた石組みの水槽です。現在は使われなくなったものも多いのですが、地域に残るこの水資源に再び水を引き、流しそうめんを行うことで、地域の楽しみの場であると同時に、災害時の取水訓練としても機能する仕組みをつくりました。地域の子どもたちと一緒に主体的に竹を切り、樋を組み、水を流し、最後には避難所まで水を運ぶバケツリレーを行う。その一連の体験を通して、防災とは知識として学ぶものではなく、身体で覚え、地域の記憶として継承されるものなのだと実感しました。

復興計画とは図面や制度だけで成立するものではなく、日常の楽しさの中に非日常への備えを織り込んでいくことだと考えています。人口減少や高齢化が進むなか、地域を支える担い手の確保は大きな課題ですが、だからこそ地域に眠る資源を再発見し、人と人との関係を育み続けることが重要になります。私にとって海際のリサーチとは、失われゆく風景を記録することではありません。そこに息づく知恵や文化、共同体の力を読み解き、これからの社会へ翻訳し直すことです。海際のまちは、建築やまちづくりの原点であると同時に、人間の暮らしの本質を問い続けるフィールドなのです。

九鬼で培った実践を全国へ、世代を越えて共有する地域の日常を守っていくこと

九鬼で大切にしている考え方の一つに、「行政ではできない計画を思考する」という言葉があります。災害への備えというと、防潮堤や避難施設、ハザードマップといった目に見える対策が注目されがちです。しかし、本当に地域を支えているのは、祭りの準備を誰が担っているのか、困った時に誰に声をかけるのか、どの家の井戸が今も使えるのかといった、日々の暮らしのなかで培われてきた人と人とのつながりです。そうした目に見えない関係性こそが、事前復興のもっとも重要な基盤であると考えています。
そのため九鬼での活動では、あえて明確なゴールを固定していません。「何年までに何を達成する」という計画よりも、小さな実践を積み重ね、その過程のなかで人と人との関係を育てていくことを重視しています。
「ボッチde流しそうめん」もその一つです。一見すると地域の楽しい夏のイベントですが、その背景には、水源の存在を知り、水の流れを確かめ、地域の道具を手入れし、世代を超えて知識や経験を共有する営みがあります。遊びのように見える活動のなかに、防災や地域継承の要素が自然と組み込まれているのです。

私は建築やまちづくりにおいて、建物や施設といった“目に見える形”だけでなく、人々の記憶や文化、相互扶助の関係といった“目に見えない形”をいかに未来へ引き継ぐかが重要だと考えています。地域の強さは、必ずしも立派な施設だけで生まれるものではありません。日常のなかで育まれる信頼や経験の蓄積によって支えられています。

今後は、九鬼で培ってきた実践を、全国の沿岸地域や人口減少が進む地域へと広げていきたいと考えています。南海トラフ地震に限らず、日本各地で災害リスクや地域コミュニティの縮小が課題となるなか、事前復興は特別な地域だけのテーマではありません。私たち一人ひとりが、自分の住むまちのなかで「未来に残したい風景は何か」「どのような暮らしを次の世代へ引き継ぎたいのか」を考えることが、その第一歩になるはずです。
研究と実践を続ける原動力は、海際のまちが教えてくれる人間の暮らしの豊かさとしなやかさにあります。未来に必要なのは、大きな理想や壮大な計画だけではありません。地域の日常をていねいにつなぎ直し、その積み重ねの先に新しい可能性を見出していく想像力だと信じています。

下田 元毅

執筆者

下田 元毅(シモダ モトキ) SHIMODA Motoki

建築&芸術学部 大学院比較文化研究科

准教授

研究分野

理学・工学・建築

研究テーマ

インテリアデザイン 建築デザイン 空間デザイン