研究活動
クローズアップ
”予期せぬ気づき”が生まれる場 -キャリア・コミュニティ-
経営学部
三宅 麻未 講師
研究テーマ:キャリア・コミュニティ キャリア形成 人的資源管理
組織の中にいながら“本業とは異なる切り口”で人と関わることの面白さ
私はかつて、複数の民間企業でマーケターとしてキャリアを歩んでいました。当時は自分の仕事に誇りを持ち、「マーケティングってかっこいい!これが自分の天職だ」と信じて疑いませんでした。しかし、ダイソンに勤務していた頃、ある出来事が私の価値観を大きく揺さぶることになります。それは、業務の枠を超えて他部署のメンバーと共にボランティア活動に参加した経験でした。日々の業務では接点のない他部署の人々と、共通の目的を持って社外で活動する中で、私はあることに気づきました。それは、企業という組織の中にいながら、本業とは異なる切り口で人と関わることの面白さと、そこから生まれるエネルギー、そして人に対する眼差しの変化です。仕事上の役割(ロール)を脱ぎ捨て、一人の人間として多様な価値観に触れることで、自分自身が活性化され、視界が拓けていく感覚を覚えました。このような「場」での体験こそが、人がイキイキと働くための原動力であり、組織にとっても個人にとっても極めて重要な意味を持つのではないかと強く感じるようになりました。
「会社に本業以外の集い、活躍できる場があれば、個人の可能性はもっと広がるのではないか?」——この問いが、私を人的資源の研究へと駆り立てる原点となりました。私が研究している「キャリア・コミュニティ」とは、単なる趣味の仲良しグループではありません。組織の壁を越え、あるいは組織内部であっても業務上の利害関係を超えて、個人のキャリア形成を緩やかに支え合う対話の場を指します。現代のように変化が激しく、正解のない時代において、自分一人でキャリアを切り拓くのは容易ではありません。しかし、自分を客観視させてくれる「他者」が存在するコミュニティがあれば、新たな自己の発見や、次の一歩を踏み出す勇気を得ることができます。私の研究は、こうした「場」が個人のキャリアにどのような変容をもたらし、いかにして持続的な成長を支えるのかを解き明かすことを目的としています。
他者からの言葉によって生まれる自分の人生の気づき
これまでのインタビュー調査や研究活動を通じて、確信したことがあります。それは、「他人の生き方や働き方に耳を傾けることは、自分自身の人生を照らし出す鏡になる」ということです。人は、他者の経験を聴くプロセスを通じて、無意識のうちにそれを自分の人生に重ね合わせます。その対話の中から、凝り固まっていた自分の思考の糸口が見つかったり、閉ざされていた選択肢に気づいたりする場面を、私は何度も目にしてきました。
象徴的な事例として、ある市民農園活動に参加しているリタイア世代の方々の変化が挙げられます。現役時代に困難な経験をされたり、自分のキャリアに対して「これでよかったのだろうか」というネガティブな感情を抱えたままリタイアを迎える方は少なくありません。しかし、農園という緩やかなつながりの場に集い、多様なバックグラウンドを持つ人々と交流する中で、思わぬ変化が起こることを、私は度々目にしてきました。例えば、「あなたは話をまとめるのが上手ね」とか「アドバイスが的確で助かるわ」など、他者からの何気ない肯定や、異なる視点でのフィードバックを受けることで、「自分がこれまで培ってきた経験やスキルは、決して無駄ではなかった。むしろ、この人生悪くない!」と、過去の自分を肯定的に捉え直せるようになるのです。
これは、過去のネガティブな記憶をポジティブな意味付けへと際解釈する作業であり、本人の人生が「報われる経験」に昇華される瞬間でもあります。こうした自己肯定感の回復や再構築は、キャリア支援において極めて重要な要素です。
では、これをどのように企業組織へ落とし込むべきでしょうか。現代の企業には、生産性や効率性を求める「硬い組織」だけでなく、こうした「緩やかな関わり」を許容する場が必要です。例えば、社内副業やプロジェクトベースのコミュニティ、あるいは社外との越境学習の機会を意図的に設計することが考えられます。評価や利害が直結しない場で、一人の人間として対話できる環境を整えることで、社員は自律的にキャリアを考え、レジリエンス(復元力)を高めることができます。企業がこうした「キャリア・コミュニティ」を戦略的に内包することは、個人のウェルビーイングのみならず、組織の持続可能性を高めることにも直結すると考えています。
「正解」を創り出す仲間を見つけ、自分らしいキャリアの核を見つける
現代社会において「よいキャリア」の定義は一つではありません。私は、「いいキャリアという完成形がどこかに存在するのではなく、自分の選択を後から『正解』にしていくしかない」と考えています。そして、今の自分の選択や状態を「これでいいんだ」と肯定し正解にしてくれる仲間が見つかる場所こそが、キャリア・コミュニティです。
キャリア・コミュニティの面白さは、それが完全に「設計しきれない」ところにあります。自ら積極的に発信しなくても、あるいは何かを成し遂げようと力まなくても、ただその場にいて他者の話に耳を傾けているだけで、自分では思いもよらなかった気づきが不意に降ってくることがあります。この「予期せぬ気づき」こそが人生を豊かにする面白さであり、同時に論理だけでは割り切れない難しさでもあります。
自分の本当の「核」を見つけるためには、実は他人との関わりが不可欠です。自分一人で内省するだけでは、どうしても既存の枠組みから抜け出せません。他者との「緩やかなつながり」の中で、自分を相対化し、多様な視点を取り入れることで初めて、自分らしいキャリアの輪郭が見えてくるのです。
今後の展望として、私はこうした「意図的な緩さ」を持つ場を、いかにして企業組織や地域社会の中に実装していけるかを探求し続けたいと考えています。効率を重視する組織であっても、あえて「遊び」や「余白」を仕掛けることで、個人の創造性と幸福度が両立する社会をめざしたい。それが私の挑戦です。
読者の皆さんに、今日からできるアクションを提案します。それは、今の自分を無理に変えようとするのではなく、まずは「異なる文脈を持つ誰かがいる場所」へ身を置いてみることです。発言しなくても構いません。「見てるだけ、聞いてるだけ」から始めてみてください。社外のセミナー、地域のボランティア、あるいはオンラインの趣味の集いでもいいでしょう。その小さな一歩が、数年後のあなたにとって「あの時が転機だった」と思えるような、大切な正解への入り口になるはずです。